WELCOME
こうして生まれた、
おかげさん
身体も、住まいも、食も、
あなたとの出逢いも。
そのすべてに「おかげさま」
何気ない毎日の中に、
たくさんの「ありがたい」がある。
この場所は、
そんな感覚から生まれました。

01|始まりは、ちーちゃんのひとこと
「関わってくれる人がいるから、おかげさんよね」
「関わってくれる人がいるから、おかげさんよね」
「まちまち夫婦のおかげさん」の
このサイトで何を書いていきたいか。
二人でそんな話をしていた時…
「関わってくれる人がいるから、おかげさんよね」
ふと、ちーちゃんが言ったんです。
「だってさ、ここに来てくれる人がいるから、サイトを作ることも、書くことも意味ができるんやん!」
って。
確かに、その通りやわって思いました。

この言葉を聞いて、
自然と思い浮かんだのは、
自分たちの周りにいる人たちでした。
いつも支えてくれるパートナー。
大切に思ってくれる仲間。
必要としてくれるお客さん。
僕たちが何かを届ける時、
そこには必ず、
受け取ってくれる誰かがいてくれた。
僕たちがこうして、
想いを言葉にできるのも。
いろんな活動を形にしていけるのも。
受け取ってくれるあなたがいるから。
「これって、おかげさんやな」
と思ったんです。
こうして、
「まちまち夫婦のおかげさん」
は生まれました。
02|僕たちは、身体ばかり見ていた
「病気を治す」ことが、
僕たちの仕事だと思っていました。
僕たちは長年、
医療や介護の現場で、
病気や不調を抱える人たちと関わってきました。
僕自身も理学療法士として、
病気と向き合うこと。
不調からの立ち直りを支えること。
その人らしい生活へ戻れるように関わること。
それが、
自分の仕事だと思っていました。
臨床経験を重ねて、
いろんな病気の方と関わって。
「ある程度どんな人でも支援できる」
そんな自信もあったと思います。
そんな時、母が胃がんになりました。

胃を摘出するしかない。
そう聞いた時、
これまで持っていた自信が、
ガラッと音を立てて崩れました。
たくさんの患者さんと関わってきた。
身体のことも、ずっと学んできた。
それなのに、
目の前にいる自分の家族ひとり、救えないのか。
本当に無力だと感じました。
そもそも
「病気を治す」って、
どういうことなんやろう。
胃がんという病気だけを見ていても、
母という人の全部は見えてこなかった。
母はこれまで、
どんな毎日を過ごしてきたんだろう。
何を大切にしてきたんだろう。
本当は苦しいことを、
長いあいだ我慢していなかっただろうか。
自分のことを後回しにして、
誰かのために生き続けていなかっただろうか。
病気そのものだけではなく、
母が歩いてきた人生を見るようになりました。
もちろん、
その生き方が病気の原因だったと言いたいわけではありません。
病気なんて、
僕たちには分からないことがたくさんあります。
ただ、病気という出来事をきっかけに、
これまでの人生を振り返ったり、
これからの生き方を考えたりすることはある。
母の経験を通して、
そんなことを深く感じるようになりました。
これって、
今まで臨床でみてきた患者さんにも、
共通することがあるんじゃないか。
怪我をして、
「無理しすぎてたかも」
と暮らしを振り返った人。
不調になって、
「元気って当たり前じゃなかった」
と氣づいた人。
病気をきっかけに、
「これから、どう生きようか」
と初めて深く考えた人。
僕たちは、その人を
「治していた」わけじゃなかったんやな。
その人自身が、
氣づいて。
考えて。
選んで。
また、自分の足で歩き始めていく。
僕たちはただ、
そのキッカケに
関わらせてもらっていた。
03|当たり前じゃなかった、毎日のこと
失って初めて、
当たり前じゃないことに氣づきました。

いただきます
食べるものがあること。

ただいま
帰る場所があること。

おはよう
今日も目を覚ませたこと。

いってきます
大切な人がいること。

ありがとう
感謝を伝えられること。

いただきます
食べるものがあること。

ただいま
帰る場所があること。

おはよう
今日も目を覚ませたこと。

いってきます
大切な人がいること。

ありがとう
感謝を伝えられること。
どれも、
昔から何気なく使ってきた言葉です。
以前の僕は、
その一つひとつについて、
そこまで深く考えてきませんでした。
でも改めて、
こうやって言葉を交わせることは、
当たり前じゃないんやな
と思っています。

失った経験
僕自身、
これまでに重い病気をしたことがあります。
心が日常に耐えられず、人を信じられなくなったこともあります。
セラピストとしても、
歩けていた。
食べられていた。
家に帰れていた。
大切な人と一緒に過ごせていた。
そういった、
当たり前だったはずの日常を失い、苦しむ人をたくさん見てきました。
患者さんも。
そのご家族も。
大きなものを失って、人生が大きく変わった人を目の当たりにし続けてきました。
でもそれは他人事な話じゃなかったんです。
失ったことがあるのは同じだったんです。
僕の母も。
僕自身も。
「これって、当たり前じゃなかったんや」
目の前にあるものが、
大切で、尊くて、
かけがえのないものなんだって。
心の底から、
「ありがたい」
と思うようになりました。
これこそが、僕たちにとっての
「おかげさま」
04|すべてが、今の自分を創ってくれている
「自分」って、
”自分ひとりだけ”でできてるわけじゃない。
今日まで動いてくれた身体。
喜びも悲しみも感じてきた心。
安心して帰れる住まい。
自分の身になってくれた食事。
めぐる自然やうつり変わる季節。
いつもそばで支えてくれる人。
これまで経験してきた大切な出来事。
その一つひとつがつながって、
今の自分を創ってくれている。

身体に、
おかげさま。

帰れる場所に、
おかげさま。

いただく命に、
おかげさま。

生まれた想いや形に、
おかげさま。

出逢ってくれた人に、
おかげさま。
そして、それらを
「ありがたいな」
「おかげさまやな」
って感じられるのも、
今ここにいる自分がいるから。
「おかげさま」と感じる自分にも、
おかげさま。
「おかげさま」
と感じる自分にも、
おかげさま。
自分を大切にするって、
自分だけを大切にすることじゃない。
自分の身体を大切にする。
自分の心を大切にする。
自分が帰る場所を大切にする。
自分の身をつくる食事を大切にする。
自分のそばにいてくれる人を大切にする。
そうやって、
自分を取り巻くものへ
少しずつ愛や感謝を向けていく。
すると、
当たり前に見えていた暮らしが、
少し違って見えることがある。
「おかげさんやな」
って思える瞬間が、
少しずつ増えていく。
僕たちは、
そんな毎日の中にある「おかげさん」を
大切にしていきたいと思っています。
05|出逢ってくれて、おかげさん
僕たちも、
たくさんの人に育ててもらってきました。

これまで僕たちは、
たくさんの患者さんや、
お客さんと出逢ってきました。
自分自身を見つめたり。
これまでの生き方を振り返ったり。
また自分の足で歩き始めたり。
そんな姿を、
たくさん見せてもらいました。
僕たちが元気にしているつもりで、
僕たちの方が元気をもらっていた。
支えているつもりで、
僕たちの方が支えられていた。
何かを伝えているつもりで、
僕たちの方が大切なことを教えてもらっていた。
「支える人」と「支えられる人」
どちらか一方だけが
与えているわけではないと思っています。
人と人が出逢って。
関わって。
何かを受け取って。
また、その人から何かが広がっていく。
僕たちも、
そんなつながりの中で
今の自分たちになってきました。
そして今、
この「おかげさん」を読んでくれているあなたとも、こうして出逢うことができました。
僕たちが言葉を残せるのも。
暮らしの中で感じたことを、
誰かに届けようと思えるのも。
受け取ってくれる人がいるから。
ここで出逢えたあなたに、
おかげさん。

この出逢いからまた、
あなたの暮らしの中に、
新しい「おかげさん」が見つかっていったら。
人から人へ。
暮らしから暮らしへ。
「おかげさん」の和が、
少しずつ広がっていったら嬉しいです。

この出逢いからまた、
あなたの暮らしの中に、
新しい「おかげさん」
が見つかっていったら。
人から人へ。
暮らしから暮らしへ。
「おかげさん」の和が、
広がっていったら嬉しいです。
