「もっと言いたいこと言ったらいいやん」
「そんなに人に気ぃ使わんでもいいやん」
「嫌やったら、嫌って言えばいいやん」
そう言われたことがある人って、けっこういるんじゃないですか?
僕も言われてきた側やから、よくわかるんやけど。
自分でも、
「ホンマは断りたい」
「ホンマは行きたくない」
「ホンマはそう思ってない」
分かってる。
でも、いざその場になると、
「うん、いいよ」
「大丈夫やから」
「私もそう思う」
って、愛想だけで言ってしまう。
それで家に帰ってから、
「あー、また本音を言えへんかった…」
ってなる。
別に嘘をつきたいわけじゃないし、
相手にいい顔をしたいわけでもないんよ。
自分の思った本音を、そのまま言えたら、
楽に生きれるんやろうなって思ってた。
それでも、できない。
最近、こういうことって、
「勇気がない」とか、
「自分を大事にできてない」とか、
そんな簡単な話じゃないんよね。
って感じるようになりました。
ちーちゃんを見ていて、特にそう思います。
ちーちゃんは、相手に合わせる人やった
ちーちゃんは、昔から他人に合わせるところがありました。
他人と一緒に居たくないって思うことも多かったそう。
相手が、
「これいいよね」
って言ったら、
「うん、いいね」
って返す。
相手が悲しんでいたら、一緒に悲しむ。
相手が怒っていたら、その感情に合わせる。
共感というより、もっと深いところで相手に同調していくような感じ。
でも。
僕がちーちゃんから感じる本来の姿は、むしろその逆なんですよ。
本当は「私は私」がめちゃくちゃ強い
ちーちゃんって、かなり、
「私は私」が強い人です。
他人のことなんかクソほどどうでもいい。
……って言うと、なんか冷たい人みたいに聞こえるんですけど(笑)
そういう意味じゃなくて。
他人がどうこうより、
「私はこう思う」
「私はこうしたい」
っていう、自分の軸がすごくドッシリしてる。
家では一人っ子で、お母さんや大好きなおじいちゃん、おばあちゃんに囲まれて、大切に育てられてきた。
いうたら、家のお姫様みたいな存在やったんやと思います。
そこでは、
「私は私」でいられた。
でも、幼稚園、小学校、中学校、高校と、
外の社会に出ていくほど、それだけでは生きていけなくなっていって。
みんなが、
「これいいよね」
って言ってる中で、
「いや、私は別に興味ない」って言う。
友達に、
「ちーちゃんもそう思うよね?」
って言われた時に、
「いや、私はそう思わへん」って言う。
それを正直に出した時に、
「なんで、そんな冷たいこと言うん?」
「ただ、共感して欲しかっただけなのに」
って言われたり、相手との距離ができたり。
そんな経験が積み重なって、
「私を出したら嫌われる」
「相手に合わせないと、ここにはいられない」
って感じるようになっていった。
この感じ、なんとなく分からないですか。
だから、ちーちゃんって他人が嫌いなんじゃない。
他人と一緒にいる時に、
相手に合わせにいく自分がしんどかった。
それだけやと思います。
僕との間でも、同じことが起きていた
これは僕と一緒にいる時も同じでした。
僕が、
「あぁ!もうしんどいわー!」
って子どもみたいに駄々をこねて騒いでる時。
本音では、
「知らんがな。自分で始めたことやろ」
って思ってても、昔のちーちゃんは、
「しんどいよね」
「大変やね」
「分かるよ」
って言ってくれてた。
僕に合わせに来てくれてたんです。
でも僕からすると、別にそこまで同情してほしいわけでもなくて…。
だから、
「いや、そんな共感いらんねん」
みたいに突っぱねる。
するとちーちゃんからしたら、
「え? 私はあなたに合わせてるのに」
ってなる。
こんなすれ違ってたら、
そりゃお互いにしんどいですよね。
「本音で言ったらいいやん」では変われない
じゃあ、そんなちーちゃんに、
「本音で言ったらいいやん」
って言ったらどうなるか。
僕も昔は言ってました。
「俺には何言っても大丈夫やで」
「本音で言ってくれていいよ」って。
でもこれって、なんのアドバイスにもなってないんですよね。
だって本人の中では、
本音を言う = 嫌われる
って感覚があるから。
もっと強く言えば、
本音を言う = ここでは生きていけない
くらいの感覚になっている。
本人の中では、死に値するくらい怖いことになっているんです。
そんな状態の人に、
「大丈夫、本音言っていいよ」
って言ったところで、頭では分かっても身体が動かない。
口から出てこない。
怖いものは怖い。
そんな簡単に変われるわけないじゃん!
ってなるよね。
昔の僕は「少しずつ変えるしかない」と思っていた
昔の僕は、そういった無意識を、少しずつ変えるしかないと思っていました。
安心できる相手に少しずつ本音を言う。
↓
言ってみても嫌われなかった。
↓
大丈夫やった。
そういう成功体験を重ねることで、
「本音を言っても大丈夫なんや」
って潜在意識を書き換えていく。
そういう考え方。
実際、僕自身もカウンセリングを何百件とやってきた中で、そうやって関わってきたんですよ。
でも最近は、
もっと違う変わり方があったんだ。
って知ったんです。
頑張って変わるんじゃなくて、「忘れる」
それは、
忘れる
ってこと。
「本音を言わなきゃ」
「ここで自分を出さなきゃ」
「勇気を出さなきゃ」
なんて頑張らなくても。
気づいたら普通に言えていた。
「あれ? 私って昔こんなこと言えへんかったよな」
ってあとから気づくくらい。
なんなら、
「なんであんなに気にしてたんやろう」
って、よく覚えてもいないくらい。
こっちの方が圧倒的に楽なんですよね。
頑張って自分を変えるより。
今まで自分を縛っていたものが、いつの間にか気にならなくなっている。
そして、忘れてる。
「本音を言って嫌われたらどうしよう」
という意識すらなくて。
思ったことが普通に口から出て、
相手も普通に受け取って、
それで終わる。
今では、ちーちゃんは僕に、めっちゃ本音を言うようになりました。
僕がまた子どもみたいに騒いでたら、
「知らんがな。自分で始めたことやろ」
くらい普通に言う(笑)
でも、そんなことじゃ関係は壊れない。
僕も、「あ、そうやんな」ってなるだけ。
そうやって自然に言えている時って、
「よし、今日は本音を言うぞ」
なんて気合い入れて考えてないですよね。
ボディフィールドに触れていて、感じたこと
今朝、ちーちゃんのボディフィールドに触れていて、僕はそのことを改めて感じました。
ボディフィールドに触れている中で、
「この人は本当はこういうところが強いんやな」
とか、
「今までこういう生き方をしてきたんやな」
みたいなものを感じれるんです。
本人でも気づいていないところが変わると、
言葉も、行動も、関わり方も、
あとから自然についてくる。
そんなふうに感じています。
「本音で生きたらいい」
言葉にすると簡単です。
でも、
本音で生きられなかったのにも、
その人なりの理由がある。
そうやって生きるしかなかった時期があったのかもしれない。
だから、無理やり変わろうとしなくてもいいのかもしれません。
「本音を言わなきゃ」
「勇気を出さなきゃ」
って頑張るんじゃなくて。
いつの間にか、
「あれ、なんで私あんなこと気にしてたんやろう」
ってなっている。
僕は最近、そういう変わり方もあるんやなって感じています。
頑張って変わったという感覚すらなく、
気づいたら前より少し楽に生きている。
そんな変化があるなら、
それはすごくいいなと思っています。


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