今朝の出来事です。
普段は徒歩で出勤しているちーちゃんが、珍しく自転車に乗って駅まで向かっていました。
僕は家で洗濯物をしてたんやけど、ちーちゃんから急に電話がかかってきて。
「どうしたん?」
って出たら、
「自転車のタイヤの空気が抜けちゃって、走れなくなった」
「空気を入れても入らへん。どうしよう」
って。
パンクなのか何なのか、
ひとまず自転車はその場に置いて、駅まで歩いて向かってもらうことにしました。
僕はすぐにその場所へ向かうことにして、電話を切りました。
その時に、ふと思ったんですよね。
困った時に、すぐ電話をかけてくれたことがありがたいなって。
だって、頼ってくれてるわけやん。
「この人に頼ったら、何とかしてくれるかも」
「力になってくれるかも」
って、
ちーちゃんが僕のことを頼りに感じてくれてるってことやから。
深く信頼してくれてるってことでもあるよなって、改めて感じました。
だから頼ってくれたことが嬉しかったし、僕もそれに応えたいなといつも思っています。
まずは、仕事に間に合うことが一番大事やったので、
「自転車はもういいから、そのまま駅まで行って」
と伝えて、僕はあとから追いかけることにしました。
ところが。
自転車を置いたスーパーから最寄り駅まで、ちょうど二方向に分かれています。
A駅もB駅も、だいたい同じくらいの距離にあるんですよね。
で、僕は最初からAの駅に向かっているつもりでいたんです。
電話でも、たしかそんな感じで伝えていたつもりなんですよね。
「A駅まで歩いて向かってて」って。
でも、ちーちゃんはBの駅に向かっていました。
僕がAの駅の方まで行って、
「あれ、ちーちゃんおらへんな」
と思って電話したら、
「あれ?私、Bの駅の方に向かってるよ」
って。
「あ、そっちやったんや」
となりました。
こういうことって、けっこうありませんか?
自分はそう伝えたつもり。
相手もそう理解したつもり。
でも、実際にはちょっとずれていた。
今回もまさにそんな感じでした。
だからこれはこれで、
「次からは、もう一言ちゃんと確認した方がいいな」
っていう学びになったなと思ったんです。
自転車のタイヤにトラブルが起きたことも。
お互いに行き先の認識がずれていたことも。
その出来事自体は、そんなに大きな問題じゃないって思います。
日常って、予定通りにいかないこともあるし、トラブルなんて普通に起きるから。
大事なのは、そのあとにどうするか。
「じゃあ、これからどうしようか」って一緒に考えること。
困っているなら、できることをすること。
認識がずれていたなら、次はもう少し確認しようって思うこと。
そうやって、一つずつ一緒に解決できることの方が、僕にとってはずっと大事なんやと感じます。
自分自身のトラブルじゃなくて、家族に起きたことやったとしても。
同じ家で暮らしていて、僕自身が力になりたいと思っている大切な人のことやから。
「頼ってくれたなら、自分のこととして一緒に向き合いたい」って思います。
そして、お互いに
「ああ、これでよかったな」
と思えるところまで一緒に向かっていく。
その途中の時間も含めて、大事なんやろうなって思いました。
今、僕はそのパンクしたかもしれない自転車を取りに、スーパーまで歩いて向かっています。
結局パンクなのかどうかは、まだ分かりません。
見てもらわないと分からへんな。
でも今朝の出来事を振り返りながら歩いていたら、なんかいろんな意味で、いい時間やったなと思いました。


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